バイク遍歴
〜Web Master PROFILEに代えて 〜
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遥か太古、バイクは嫌いだった。多分に暴走族や周辺環境が影響していたと考えられる。輝かしい教育の成果である。 実際に免許を取得したのは、18の時。東京に棲みついてからである。 中型免許を取得したのは、20を過ぎてから。 さすがに今では、仕事上のこともあり公共交通機関を使って移動するほうが圧倒的に増えたが、バイクで来ると思いこんでいる方々が後をたたない。特にネット関係で付き合いのできた連中はそう信じている。 |
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■ホンダ モトラ <CT50JC/AD05> "ボナパルト" (レジャー/原付→二種原に変更) 初めて所有した単車。これがなかったら、バイクに乗ることはなかったであろう。 なんといってもアホのような積載量で、買い出し引っ越しの手伝いなど縦横無尽に活躍。ほとんど車並みでしたな。 整備も自力でできたので、コストもかからず良いことづくめ。 オーバーヒート病には参りましたね。大体連続可動2時間で発生するので、いかに防止するかが課題でした。 結局事故により大破したことを契機に、改装に乗り出す。 現在モスボール中。復活の予定は……モトラのブームが去ってから。 |
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■ホンダ MBX50F <MBX50SWG/AC08>(最終型) (ロードスポーツ/原付→二種原に変更) バイト先のお嬢さんが乗ってたバイクを、就職活動を契機にスクーターに乗り換えるというので引き取る。
その後ノーマルに戻して、懲りずに一月ほど大垂水峠で遊んだ後、当時筑波大に通っていた友人紗美に売却。紗美の中免取得にあわせて二種原に登録変更。 後、北海道ツーリングに向けて改装中だったモトラのクラッチ周りにトラブルが出たため、一時的に借り受け北海道を3週間近く放浪する。道東で2ストオイルの入手に困った経験から、2ストマシンを敬遠する傾向が定着する。 とても楽しいバイクだった。 |
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■ヤマハ アクティブ <CH50ET/54U> (スクーター/原付→二種原に変更) モトラ改装中のためゲタがなくなってしまったので、馴染みのシロタモータースから現状渡しというか、自分で整備しろよ扱いで1万円にて購入。 ブレーキも効かなかった。どんなに整備しても、レース用のシューに変えても効きがよくならなかったから、車重にブレーキ容量が追いついていなかったと思われる。 |
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■ホンダ MBX125F <MBX125FD/JC10> (ロードスポーツ) アクティブで京都へいったら、冗談じゃなく疲れたので、これまたシロタモータースで事故車を安価に譲ってもらい、フロントフォークのみ修理して(専用工具を持っていなかったのだ)、そのほかを自力で修復した。 |
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■ホンダ XLR250R−BAJA
<XLR250R3L/MD22> (オフロード) 初めて新車で手に入れた記念すべきバイク。 納車3日目に冬場長野に出掛け、地蔵峠の乗越を越えた北側が全面凍結! していて転倒。火花を散らしながら100メートルぐらい滑っていくバイクを見送るという、貴重な経験をする。 このバイク、標準装備でオイルクーラーが装備されているのにもかかわらず、持病としてオーバーヒート病をもっており、巡航時エンジンストールが発生していた。 現車を入手した当時、とある事情により一年ほど金沢往還を頻繁に行っていた。 後、金沢急行最速ルート『安房ルート』(東京→松本→安房峠→神岡→富山→金沢)を発見、こちらをメインルートとするようになったことから、夜間進撃速度の向上のため、大口径110Wライトに換装。無敵になる。 やはりライトが明るいというのは、絶大な効果があるもので、夜間移動速度が25%以上向上するわ、低速な車がすぐに退いてくれるわ(そこかわり煽られるというか、勝負を挑まれるのは増えた)、荒天でも速度の低下は最小限。西国強襲ツーリングで遭遇した、時間40ミリを越える大雨(霧まで出た)の中、呉までの夜間強行移動を可能にした。 しかし好事魔多し! 走行2万キロを越え、発動機周りや前後ショックにガタが出はじめたため、手始めにエンジンのオーバーホールを決意。手配をすませた直後のある日、横道から車に突っ込まれサブフレーム切断、スイングアーム破損。判定大破により廃車。本人入院。保険屋『日動火災』一円も払わず、ばっくれる。 このXLR、かなりアタリを引いたらしく、機関一杯で160km/hは出たし、燃費もよく、タンク換装後は神戸まで無給油で行けたりした。 |
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■ヤマハ FZR250 <3HX1> (レーサーレプリカ) XLRの事故によりゲタがなくなり、補償交渉が全く進展していなかったことからパソ通友人の宇海嬢が哀れに思い、多忙から置物になっていた現車を借り受ける。 狸穴氏の手助けを得て復活するも、XLRからの乗り換えではライディングスタイルが全くあわず、相性が悪かった。(それまでは過剰なリア加重で操縦しており、リアショックに相当の負担を与えていた。リアタイヤの減り方を見て狸穴氏呆れるの図。一方FZRはフロント加重重視の車体であった)また、借り物であったこともあって、飛行時間は稼がず、この10年で最低であったはずである。 後、宇海嬢ご成婚のため正規に引き取り、NS400Rの就役によりDE MAKI氏地権主張置物を経て狸穴氏へ譲渡。 その後の活躍はFZR日記に詳しい。 |
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レストア中で放置しているバイク ■ヤマハ フォーゲル(レジャー) YSR80のエンジンに換装予定であった。 ■ホンダ モンキー(折り畳み式初期型/Z50M レジャー) 手に入ったので、モトラの余剰部品を使って遊ぶつもりであった。 |
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| ※○○急行 |
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