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書こうかなぁ……と一瞬躊躇したが書いてしまいました。
しばらく前に仕事の打合せがあったので、青山のある茶店で時間調整。
道も混んでいなかったので早目に着いてしまった。その調整時間中に今度の仕事のための資料を整理。
はじめてのクライアントさんなのだ。
間に入っているAD(アートディレクター)氏も、仕事では初めての人。
10年ほど前に古いメルセデスと、944turboの部品関係で知り合ったのだ。
少しお爺さんだけど、凄く洒落てて可愛い人です。(あっしの憧れる、おひょいさん関係かな?)
普段は柔和なのですが、時々凄い険のある鋭い眼光を飛ばす人です。
内容は洋服で、メジャーな会社じゃないんです。
今までそのAD自身や、クライアントの社員同士で資料写真を撮っていたそうだが、面倒になったのでこちらに話が廻って来た。で、テストされるのかも。
FZRは店内から見える所で、新しい大型車に混じって待っています。
先方が今まで撮影した写真資料があるので、それに再度目を通します。
ちょっと大人の人用の服なのだが、流行とかとは少し離れたデザイン。
使っている生地も仕立てもしっかりしているような感じ、撮影用かな?
その会社と仲の良い鞄屋さんも参加とか……、で社員モデルさんが小道具として使っている鞄がそうらしい。
10年ほど前は買い集めたりはしなかったけれど、靴や鞄フェチだったので、その鞄が単品生産品に近い手作りの、それも上物であることはすぐに判った。鞣した革の血筋の位置も計算されてた。
知っている鞄屋だ……。
相変わらず良い物を造っているのか……。高いけどちょっと欲しかったなぁ。
って事はこの服屋も、かなり上物を作っている……のかな。
資料には、値段が付いていないのだ。
おまけに、写真はカタログ等の印刷物ではなくて、モロにキャビネのプリント……。
ユーロ系のモードの内部資料って感じですねぇ。
あっしのやり方と違うけど、少し時代を感じさせる写真の上がりも上手いです。
価格は付いていない……。
ちょっと手元が震えて来た。ビビっております。
一応こざっぱりしたカッコして来たけれど……もう少しちゃんとした服着て来ればよかったかな……。
ちょっと心配。
トイレへ行って髪を締め直す。
今日はお初の顔合わせなのだ。
ADさんが言うには、そろそろ新しい人間を入れて、風を流す余裕が出来て来た、そうだ。
なんで呼ばれたかと訊いてみたら、たまたま思い出しただけ、だそうだ。
だから自由にやってくれ、と言う。
普段指定で固められた世界にいるので、自由にやれと言う事は能力全部出せと言う事と同じなのだ。
更に凄いのは、ギャラはその商品が売れた分3ヶ月ごとに振り込むと言う……支払いに関しては全部信じろと言う訳だ。
普段はこう言う形態の仕事は断らせて頂きますが、気に入りました。
オマケにこのクライアント自体が、世間と違った時間の流れでやっている……。(その辺は同様かも)
全〜部、見られて評価される。危機っすね、わはは!
実は、いつもはどんな現場でも指定の範囲内の80%でやる事にしているのでした。
どんな状況でも常に80%だせるのがプロなのです。
100%以上というのは失敗のリスクも大きくなる。
相手がある仕事じゃ出来ません。
FZR:「マスター、頑張ってくださいね」
狸穴:「応。先日FZRが言ってた『遊びの余裕』がためさ
れる訳だ」
FZR:「大変ですね」
狸穴:「本気で遊んでやるさぁ」
裏表全部使って遊ぶ……エライ事なのだ。ははは。
一応、送ってもらった資料は身に刻んだし、不安定な回路を落ち着かせるために『書』をやるって言っても茶店じゃそんなこと出来ないので、少し離れたテーブルにいる若いカップルを見る。
年は19才と25才少し過ぎって感じ、どこかの服飾関係のお針子さんとその会社に出入してる今風のカッコイイ営業さんって感じです。
……別れ話かな。
女の子はハンカチを時々鼻に当てたり手に握ったり。
男の子は時々苛ついて、余った椅子の脚を軽く爪先で小突いて煙草を吸ったり。少し尖がってます。
イイなぁ。人間だった頃にはあっしにも、そんな事が何度かあったかな?
男の子に新しい彼女でも出来たか。
カウンターの方を見ると、初老の御婦人が3名。ハンドバック一つ持っていないし、このあたりの主婦な感じ。
お店の人とは顔馴染みのようです。
指定されて入ったこの茶店、昔付き合っていた女性と2回来たような気もする。
チーズケーキがたしか売りだったはず。
で、頼んでみる。
少し食べた。
思い出した。変わってない舌触り。
つきあってた娘はパターン引きのエキスパート。風の噂じゃあるブランドの重鎮になっているはず。
当時あっしは真面目なオートバイ屋でした。
何故だかこんな仕事しているけれど、いずれどこかで会う事になるだろう。会っても、あっしの名前も顔も違うので判らない。
少しづつ食べていると、ADから電話が掛って来たらしく、お店の人が伝言で程なくADがクライアントさんと共に来ると伝えてくれた。
テーブルに拡げていた資料をファイルに戻す。
店には先程のカップルと、主婦達とあっししかいないのだ。
AD達はここの常連かな。
狸穴:「そろそろ来るってさ」
FZR:「はい、わたくしはここでお待ちしております」
待っていると、先程のカップルが何か険悪な感じ……。
大変だねぇ。
と、男の子が突然女の子に向けてカップのコーヒーの残りを掛けた。
勢いが良過ぎたのか手元が狂って、女の子を飛び越えて、ほとんどあっしのテーブルの上に降って来た。
あっしのストライプのシャツは茶色くなってしまった。メガネも飛沫。
滝のようです。
下品な奴だなぁ。
店内、静まり返る。
男の子はそのまま出口に向かい席を立ちました。
濡れてるあっしを一瞥して『ふん! マヌケが氏ねば』、てな感じ。
ちょっと面倒だが、横を通過した時に足を引っ掛けて転ばしてやった。
彼が持っていたゼロ似のスーツケースが、回りのテーブルの椅子や床のタイルに当って派手な音がした。
……やっちゃった。
反射行動なのだ。
狸穴:「そのまま行くのかよ」
彼氏:「うぜぇ。関係ねーだろ」
狸穴:「不様だね。起きたら」
彼氏は跳ねるように立ち上がり、埃を払って鞄を拾って行こうとしたので、後から尻を蹴っ飛ばした。
またコケた。
……今日のあっしの脚は行儀が悪いです。
ゴメンFZR、耳の折れたカウルを換えてやれないかも。
狸穴:「どう始末すんだ、これ」
彼氏:「クリーニング代なら払ってやるよ」
といって、財布を内ポケットから出そうとしていた。
テーブルにそのままになっている、ぬるい飲み差しのコーヒーを頭から掛けちゃった。
狸穴:「金はいらない。お返し。出てけ」
入口を示した先に、ADとクライアントさんがいた……。
最悪。
彼氏は出て行きました。
多分あっしは凄い顔してたかも……。
彼女がすぐにやって来て、
彼女:「済みませんでした!! 大変〜」
狸穴:「悪いね。最低なお別れになったかな」
彼女:「構いません、あんな馬鹿」
狸穴:「自分の彼氏をそう言うのは不味いんじゃない?」
と言って、恐る恐る先程鼻を拭いていたハンカチで、あっしの服を拭いてくれます。
せっかくの仕事の前だというのに……心象悪いっすねぇ。
事の次第は全部見られたかも。
お店の人もやって来て、あっしにはタオルをくれて、布巾でテーブルを拭いてくれます。
カウンターの主婦が
主婦:「良くやったよ、当たり前だね。気分がイイわ」
ちょっと救われた気分。
店主:「すぐ、片付けますから」
狸穴:「済みませんでした。……行儀が悪くて」
店主:「イイんですよ。野郎が悪い。そちら様は大丈夫です
か」
彼女:「私の方は大丈夫です。ごめんなさい、お店汚しちゃ
って」
店主:「そう、じゃ席に戻って。心配しなくて良いのよ、す
ぐに新しいコーヒー淹れるからね」
うわ、よく見るとご店主は美人。
手際よくテーブル・クロスを張り替えて、あっしのシャツ以外は元に戻りました。
クライアントさんと名刺交換&ご挨拶。
ご挨拶もあったもんじゃないよね……初っぱなからアヤ付いたし、ダメかなこの仕事。トホホ。
濡れたファイルを持って、静かにしてると。
AD :「狸穴さん。気にすんなよ」
狸穴 :「とんだ不躾なところをお見せしてしまい……済みま
せん。ビックリされたでしょ」
AD :「30年前、俺達も同じだったよ。もっと酷かった」
狸穴 :「そうですか、でも今日は出直して来ますよ。残念
だけどまた機会がありましたら」
AD :「気にするなって言っただろ」(あの目で睨まれた)
クライアント:「先程お店の人にも大体は聞きましたよ。気に入り
ました」
……瓢箪から駒です。
AD :「今日は顔合わせだけど、コレで妙に気を遣わなくて済んだ。始めようか」
クライアント:「そうですわね。お見せするモノもあるし、あとでアトリエの方に寄ってください。シャツを着替えないと」
と言う事で、打合せの話は半分で先程の話になってしまいました。
先程の彼氏との一件と、彼らの昔話に流れ(コレがまた凄い)……店主や常連の主婦もたまに状況説明。(脚色入ってたなぁ)
店を出てから、クライアントのアトリエに向かう時に、ADの35年前のベンツに乗って行くかと言われたが、自前のFZRがあるのでと断ったら、
AD:「お前バイクか! 見せろ」
狸穴:「コレです。FZR250」
AD:「俺もバイクに乗っている。モリーニ350。21年
前だ。たまに家内を乗せる」
狸穴:「知ってます。それの250に少しだけ乗ってました」
ADがオートバイ乗りだとは、知らなかったです。
AD:「もし良ければだが、このヤマハあとで少し走らせてもらえるか?」
狸穴:「あっしに合わせてあるので、ちょっと乗り難いかも
知れませんけど。ヘルメットとかは」
AD:「ある。全部トランクに積んである」
何者だろうか……このAD。
60過ぎの年齢な筈。でも先程席を立つ時の身体の捻りや、膝の使い方は20代後半な感じ。
階段を降りる時のステップも足音を発てていない……。
外見も腹が出ていないのだ。鍛えているねぇ……今でも。
狸穴:(FZR、どうする?)
FZR:(マスター次第ですわ)
狸穴:(ADがどんな人か判るかも……)
クライアントさんとADの乗った、小さな古いオープンのベンツの後ろに憑いて走り出す。
げっ、無駄が無い平滑な動きだ。
こちらの音を聴かれて評価されるのも癪なので、腰の関節を使って無駄をしない走り方をする。
何考えているんだか、物凄い速度になってるぞ……曲れるのか。ベンツのタイヤを確認しておけば良かった。
曲りながらたまにミラーで見ている。
艶っぽいクライアントさんのアトリエで、コーヒーの付いたシャツを剥がされ、身体を触られる。
手でサイズを測っているのだ。
クライアントさんにちょっと女性を感じている事がバレそうです。ははは。
その後、打合せと新作を見せてもらい、正味30分で終了。(早い!)
その間に、あっしに合うシャツを頂いた。
袖をとうしてみると、着ている感じが無い……。凄いです。
恐る恐る代金を聴くが、
クライアント:「同じ綿素材の商品もあるから、それは資料と言う
事で普段に着てください。うちのギャラはとても
少ないから、その代わりと思っていただいてもイ
イわよ」
狸穴 :「まだ仕事終わってないです。こんなシャツ始めて
だ、ありがとうございます」
クライアント:「いつもはつるしのシャツでしょ。ダメよ、身体に
合わないから。あなたのお仕事はこう言う物を知
っていないといけないの」
狸穴 :「普段Tシャツばかりです、わはは。コレ20分で
作ったんですか?」
クライアント:「まさか、近いサイズのをちょっと摘まんで直した
のよ。完全には合っていないわ」
狸穴 :「へぇ……」
クライアント:「ちょっとお腹が出過ぎね。心臓から鍛えないとそ
のうちあの人(AD)に言われるわよ」
狸穴:「はい」
ビシッと言われてしまいました。
老長けたモノの魔窟に入ったオランウータン状態です。
程無くすると、ADがダイネーゼのブーツと、アライのヘルメットを持ってやってきた。
FZRに乗る。
元の形から変更している箇所をざっと説明。
AD:「見た目ほどポジションはキツくないな」
狸穴:「シフトは回転を合わせて下さい。大体で構いません
から」
AD:「回転上限は、メータのままでイイの?」
狸穴:「はい構いません」
AD:「16000rpmか……凄ぇな」
狸穴:「下も使えます」
AD:「20分ほどで戻る」
初回のクラッチは4000rpmくらいで繋いでいたが、すぐになれるだろう。
行ってしまいました。
FZRを他人に乗らせるのはコレが5人目かも。
頼まれないで乗せる事はあっても、頼まれて乗せる事はないのだ。
頼まれて他人を乗せたのはコレが始めて。
ADが乗る事を容認したのは、彼の歩き方が凄かったからでした。
重心を狂わせないのだ。
極希にこんな人がいます。(ダンサーとかボクサーとかスケーターとか)
三半規管が異常に発達しているのかどうかは判りませんが。
その間に、服を作っているあるスタッフの方を紹介してもらった。
あれれ……以前、他のメーカで中堅をやっていた人だ。
以前の会社を辞めてしばらくここで修業中とか。
なんなんだ……この会社は?
ADとFZRが帰って来た。
AD:「あれが今の250か」
狸穴:「いえ、ちょっと越えてますけど、何か」
AD:「面白ぇな、アレ。エンジンと脚回りでワルツ打って
やがった」
狸穴:「……そこまでやったんですか」
AD:「やった。代官町のS字でためした。あのエンジンの
上限も16000rpmじゃねぇだろ」
狸穴:「はい。回したんですか」
AD:「まだ回るって言ってやがったが、あんな高回転は慣
れてねぇからやめといた」
狸穴:「大体あんな感じです」
AD:「ナリは汚いけど、いい玩具だ。あんな感じね……お
前の事も判ったよ」
げ! しまった。
AD:「アレ、置いてかないか」
狸穴:「ダメです」
AD:「だめか……夏になる前に一度うちのモリーニと山に
行こう」
狸穴:「はい。お手柔らかに」
AD:「ふ〜ん」
何がふ〜ん、なのか判らんが面白いライダー発見。
帰り掛けに、FZRの前後のタイヤとブレーキキャリパーとエンジンを触ってみたら、タイヤの温度に対して、エンジンとキャリパーの温度が低い。普段の俺の走り方と違うのか?
FZR:「面白い方でしたわ。わたくしの三拍子を使ってました」
狸穴:「そか。良かったね」
FZR:「ちょっとデータを取られました」
狸穴:「たくさん取られたみたいよ」
わはは。人のバイクでその者まで見れたりするのでした。
恐いねぇ。
AD クライアント 店主 彼氏 彼女 マミアナ+FZRx
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