Vol.208 寄り道 2001-08-30


 普段都内を走っている時、ちょっと寄り道する所に最近青山のアイスクリーム屋のhaagen−dazsが加わった。
 このあたりでは昔はスウェッセンズ? という名前だったかな……というアイスクリーム屋さんに行っていたのですが、最近は行っていない。
 もうお店は無いのかなぁ?
 haagen−dazsではシトラスをコーンで頂く。
 隣り合わせたオネーチャンも素人っぽくて可愛いし、嬉しいなぁ。
 でも、このあたりはのんびりヒマこいていると、仕事での知り合いとかがやって来る事もあるので長居しませんが……。(夜は寒いのでコーヒーも頂きたかった)
 この近所に、とても美味しい餃子屋さんもある。
 水餃子しかメニューの無いお店で、それをビールでヤルととても逝けるのでした。
 このあたりは結構詳しいです。
 なんで詳しくなったかというと、昔〜ある理由でこのあたりに住んでいたのでした。
 その頃('70年代)は、青山原宿あたりはお子様の街ではなく、叔父さんや叔母さんの街だったのですが、どういう訳かオートバイが好きらしい唄を歌う仕事のクールスさん達とか、最近水戸黄門になった人とかがいて楽しい所だったのでした。
 ちょうどオートバイ覚えたてで、毎日忙しく走り回り……。
 自称先輩という人からCB350Fourなんてオートバイを頂きまして、246とかをぐるぐる……。
 思えば、FZRと同じようなエンジン構成……。
 全然力がなく、重たいことこの上なく、30000キロも走っていたのでエンジンはやかましく、キャブを同調させるなんて事は思いもよらず、ブレーキも効かない……。
 でも、毎日楽しかったです(進歩が無いので……今でも)。
 そうこうしているうちに、表参道を走っていると後から白バイのサイレンが……『停まれ〜』と言っている。
 今よりも世間の車の台数が少なかったので混む事もなく、瞬時に反応して全開〜。
 最高速ではかなわないのは判っていたので、逃走経路に伊藤病院(甲状腺科)の前の歩道で向きを変えて、そのまま歩道橋へ駆け登った。
 向きを換える前から歩道橋に人がいないことは確認済。
 中央分離帯の向こう側へ出る予定でした。
 白バイは重たいから登って来ないだろう。
 でも、降りる筈の階段を警ら中のお巡りさんが2名登って来ました。
 オートバイにはバックギアがついていなかった……。
 で、あえなく御用。
 スポークが折れたCBを押し、交番へ連行されて長時間に及ぶ説教と氏名等個人データーの開示の要求。
 3時間ほど頑張ったのだが、ナンバープレートから正体がバレてしまいました。
 こう言う時のために身元の割れるモノは一切身につけていなかったのに〜。

FZR:「ますたー、わたくしでそんな事はなさらないで下さ
    いね」
狸穴:「へい。少しは進化したからもうやらないのだ」

 未成年だった為、親権者が迎えに来なくてはならなかったらしいが「殺しても良い。迎えに行かない」との事だったので、また説教が続く。すぐに拳銃やパトカーの話や世間話になってしまうのだが……。
 お巡りさんも飽きないねぇ。
 夜になり腹が減ったので、お巡りさんの持ってきた奥様お手製のでかい握り飯を一つご馳走になった。
 とても美味かった。焼く時に七味をふった鮭が入っていた。
 このままここで暮らすのも、いろんな方がみえるので悪くないと思ったのだが、何時までもいられたら困るとの事。
 打開策として、

狸穴:「んじゃ、その拳銃で正面から頭を撃抜いてくれ。た
    まには人撃ってみたいでしょ、俺も本物から弾が出
    る瞬間を見てみたい」

 と、ご提案したのだが却下。
 後日、免許を取り上げられる事になり、お解き放ちとなりました。
 結果は1年間の欠格期間とちょっとの間、監察処分になってお終い。
 保護監察官の爺さんが凄く面白い人だったので、2日に1度学校を自主休校して遊びに行っていたのだ。
 そこに来るちょっと年上の女の子とも、お友達になれたし。(そこでナンパしたのだ)
 子供の頃のオトナの世界は楽しそうでした。(今は……あまり面白くないかなぁ)
 でも、一年間免許が無かったのは辛かったなぁ。
 お影で人類の叡智の塊である自転車と言うDEEPな世界も少しだけ経験出来たが。
 自転車がオートバイよりもお金が掛かると言うことも判りました。
 ケタが一つ違うのだ……。
 イタリヤモノの美しい自転車は、お子様なあっしにはとても手が出なかった……。(今はもっと手が出なくなったが……)

FZR:「マスターはあまり利発なお子様では無かったのですね」
狸穴:「程度はFZRと同じくらいかも」
FZR:「失礼な……」

 あ、三京行かなくちゃ……。

マミアナ+FZRx

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