Vol.124 子連れのお客さんだ 2001-01-29


 あっしのがまだオートバイ屋を営業していた頃に店に居着いていた女の子が、子供を連れてやってきた。
 まだ赤ん坊で、昨年の8月に生まれたそうな。

狸穴:「FZR、とても珍しいお客さんが来たよ」
FZR:「マスターのお弟子さんだった人ですね」
狸穴:「んだ。唯一の女性の弟子だ」

 昼にいきなり電話が掛って来て、いらっしゃる事になった。
 弟子は今はオートバイに乗っていないらしい。最後に乗ったオートバイはAX−1とのこと。
 乗って来たパジェロを半ば凍結した来客用駐車場に駐機させ、お上がり頂く。
 もう最後に会って10年近く経つ。
 いまさらTVみたいに、『この子はあなたの子供よ……』なんて間抜けたこともなかろうと安心しております。
 もっとも、熱で生殖能力の低いあっしには子供が出来る確率は少ないそうな。

弟子:「久しぶり〜元気そうじゃん。こーんな遠くに引っ越しちゃ
    って……」
狸穴:「そちらも元気そうでなにより。ダンナは?」
弟子:「普通の会社員だよ。まだ会社かなぁ」
狸穴:「一緒に来れば良かったのに。どうせこっちは渡世人だし」
弟子:「狸穴さんまだ独り者なんだ……ま、結婚しているのって想
    像し難いけど」
狸穴:「なんつうー奴じゃ。もっとも、俺もそう思う」
弟子:「ほんとに女の人いないみたいね……それらしいモノが何も
    ない」
狸穴:「大きなお世話。今は写真撮って喰ってるよ」
弟子:「オートバイは、まだのってるの?」
狸穴:「乗ってるよ、FZR250。智が前に乗っていたフェーザ
    ーと同じ系統のエンジンのやつ」
FZR:「はじめまして、赤さんですね。とても小さいです」
弟子:「麻里って言うのよよろしくね、FZR。あら珍しい、カ〜
    ナね」
FZR:「智さんと麻里さんですね。わたくしのデータバンクに登録
    致しました」
弟子:「その内、オートバイに乗るかもよ」
FZR:「マスターが破壊した時は宜しく」

 智はオートバイとまだ話せるらしい。
 お客のオートバイの状態を客に聞かなくても判るように、五感を全部動員して探れと教えていたのを忘れてた。
 1年もコレをやっていると大抵のオートバイとは話が付く。
 会話が上手いのでお客には妙に受けていた。
 彼女のファンと言う事で何人かオートバイをうちから買ってくれたりしたっけ。
 10年会っていなくて、いきなりいらっしゃる方には何かあるのだ……。

狸穴:「何か遇ったん?」
弟子:「何も無いよ、たまには面を見に……と思って」
狸穴:「それで、狛江からココまで? 相変わらず……でもある
    な」

 弟子をやっていた頃、彼女は朝起きるのが苦手なあっしを、よく起しに来たりしたのだ。裸で寝ている野郎のヤサに平気でやってくる。
 当時も、何も無かったから安心して来たのだろう。

弟子:「ちょっと台所貸して、もうそろそろ麻里のお食事の時間」
狸穴:「ああ、やるよ。お湯沸かすだけなら俺でも出来る。つい
    でに茶も淹れる」

 麻里さんの着替えをしているのであっしが湯を沸かす。
 ……アジトに赤ん坊がいる事態は初めてだ。核が置いてあるのと同じだ。
 そういえば、友達のかぬさんの所にも赤ちゃんがいたなぁ。毎日こうしているのか……。
 麻里さんの着替えをしている間に申し訳ないが、智の身に付けている物等を2秒だけサーチする。
 悪くないセンスだ、が母親としてはちょっとセンスが華美にズレている? 金には困っていないのかな。
 骨格は子供を生んだ女性の形状をしているので、麻里は智の子供だろう。どこかから借りて来た訳じゃなさそうだ。昨今、妙な事件が多いので……失礼。
 ミルクを溶く湯の温度は人肌よりも少し高めらしいが……ヤカンを触っただけじゃよく判らないので、センサーをキレイに洗った現像用の電子温度計でちらっと測る。
 70度。FZRの水温としては上出来だ……。

狸穴:「温度が判らんから、後は自分でやって」
弟子:「あ、ごめん。あとやるから、ちょっと麻里もってて」

 と、言ったので受け取ったらすぐに鳴き出した……。カ〜ニと同じだ。
 どうやってあやして良いのか判らなかったので、オートバイのエンジン音をまねて耳元で聴かせてやる。
 ……さらに暴れ出した。
 参った。
 先日触らせてもらった、かぬ家の赤ちゃんはおとなしかったのに〜。
 身体と身体の間に空間が空き過ぎで、腕だけで保持しているのがいけないといわれた。
 ホールドが悪いと不安になるらしい。カメラと同じね。
 さらに女性の身体と違い、あっしの身体は固い。
 パジェロに付けていたチャイルド・シートを持って来れば良かったぜ。

弟子:「麻里にオートバイの音を聴かせるなんて人、始めてだわ」
狸穴:「ハーレーの550rpmのエンジン音はお気に召さない
    ようで……」
弟子:「そのまま鳴かしといていいよ。ミルク出来たらすぐに静
    かになるから」
狸穴:「そんなもんかいな?」

 世のお父さんは、大変な苦労をしているのだ……。尊敬。
 あっしにはとても勤まりません。やっぱ一人で良かった。
 ついでにあっしが淹れる筈のお茶を代わりにやってもらう。
 ……キッチンきれいにしておいて良かった。

狸穴:「もうオートバイ乗らないの?」
弟子:「子供がもう少し大きくなったら、すぐに乗るわ」
狸穴:「あ、そう」(抱いていても駄目なのでクッションを敷いて膝の間に落とし込む。静かになった)

 落ち着いたようで、やっとあっしの顔を見だした。彼女のデータバンクにあっしの面がダウンロード。面を触られると爪が鋭いので少し痛い。
 コレが、少し経つと自分で歩いたり自転車に乗ったりするようになるのだ……。
 驚異である。

弟子:「狸穴さんはあれから結婚しなかったの?」
狸穴:「300rpmくらいした」
弟子:「あ、そう。ご苦労さま。変わってないね」
狸穴:「何か、あったん?」
弟子:「二ヶ月前に別れた。賭事・借金と男性関係」
狸穴:「ゲイだったか、よくある事だ。それでなんで、うちに……揉めてるか」
弟子:「まあね私にも彼氏出来そうだし。それに麻里がいるし。でも、別れたくないんだって」
狸穴:「そりゃ、お可哀想に」

 女が別れると決めたら、大抵はもう駄目なのだ。人間の男はそれを勘違いしてしまうらしい。

弟子:「始めは母の所にいたんだけれど、日曜にやってくる」
狸穴:「で、一時逃げて来たって訳か」
弟子:「私たちココにしばらくいて良い?」
狸穴:「どうぞ……構わん。ココにいる間は俺の保護下だ」
弟子:「そう言うと思ったわよ。明日から父の所へ行くからご安
    心あれ、母もしばらく来るそうだし。仕事もあるし」

 仕事は、赤坂で友人のお店を手伝っているそうだ。
 子供がいても何とかなるとの事。
 結婚→妊娠→出産→育児→離婚ということは事ほど次第に大変な事で、到底あっしには機能上、出来ない偉業なのだった。

 普段と違う所にいることは判るらしく、麻里さんが中々寝ない。
 智がパジェロに麻里のチャイルドシートを取りに行く間、またご機嫌を取らねばならなくなった。
 やむをえんので子守り歌でも唄ってやろうとしたが、あっしの記憶にはそのようなデータがない。
 いろいろ探した揚げ句、大脳辺縁系の少し前の記憶から一つ出て来た。

 "星のしずくの子守歌"(アニメ:星の子チョビン・石ノ森章太郎さん?)
     星の流れる青い夜 星から来た子の見る夢は
     そっと聞こえる母の声 泣き虫坊やはもう泣かぬ 
     おやすみ坊やのオルゴール 星のしずくの子守歌

 麻里さんは最初はなんだかノっていたがその内、暖まって来たらしく眠った。
 息をしている事を確認しながら、数十回目のリピート。
 残念ながら、他にレパートリーはない。
 この曲も、8年前に仕事で名古屋へ行った時に途中のサービスエリアである母親が子供に聴かせていたのが最終更新履歴だ。
 さらに以前には、サンディエゴにいる同じ血統の妹が子供のときに唄っていた。
 子供を前に緊張しているので、声はすでに枯れて唄は呪文のようになってしまった。
 久々に白装束でも出すか……。

弟子:「ご苦労さま。坊やじゃないよ」
狸穴:「あ、そうか……げ! 聴いてた?」
弟子:「チョビン、よく覚えていたわね」
狸穴:「……まあな。人前で歌を唄うことはもう無いだろう」

 その後4時間おきに麻里さんは目を覚まし……。
 あっしが唄えたのは三番である上記の歌詞だけで、母親の智は一番から三番まで全部唄えていた。他にもたくさん知っていた。
 寝ついてくれたようなので、息抜きを兼ねて自分と智の食物を調達しに外へ出た。
 途中、中尉から電話が掛る。
 帰り掛けに、FZRと944のPの雪の状況を確認。カバーを被ったFZRに積もっていた雪は昨日のうちに除去してある。
 路面は凍結していた。

FZR:「マスター、麻里さん寝ましたか?」
狸穴:「なんとか寝たらしい。大変だった」
FZR:「マスターは、お子さん造らないのですか」
狸穴:「そうだねぇ、でも男には子供は造れないのだ。FZRと
    944turboだけで精一杯だと思うよ」
FZR:「……では、たまにはわたくしにも先程の唄をお聴かせく
    ださい」
狸穴:「ヲイヲイ……勘弁してくれよ」

 FZRにはデビルマンの歌を少しだけ唄ってやった。
 あまりの下手さに変調を来し悪夢を見そうだといっていた。失礼なやつである。

 智と麻里は翌日昼頃、帰って行った。
 一時だけ家族の気分。久々に人間に戻ったつもり。
 子供は曲がって付いたまま外れない仮面を剥ぐのが、上手いのである。

智+麻里 と FZR+マミアナ

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